お燈まつり・お灯まつり  「おとう」に上ってきました。その4

熊野-くまの

カメラがないので、ことばで引き続き表現してみます。

途中の何軒かで、おみきと白いものをいただきながら、引本君のアートラジオ商会のお店に戻りました。そして、動画の後編にありますように、お盆に載った、白ご飯に、たくあん、塩を振って豆腐をいただき、おみきも、いただきました。

 

 

                   

 

草鞋や縄や装束の点検をすませ、草鞋を直したり、自分は衣装の手っ甲を直したりしました。上でのどが渇いたら とペットボトルの水もいただきました。時間になり、おもての通りに四人で出て、ここで家族の皆さんから塩でお清めを受けました。

 

「それじゃ、ぼちぼち行こら…。」 となりまして、

 

家族の皆様に  「行ってきます」 とあいさつして

 

次の熊野比丘尼の尼寺であった妙心寺に向かいます。

引本君と寺門さんは、中の地蔵で迎え火を待って、「上り竜」をするということで、途中で分かれて、村上さんと二人で向かいました。

★上り竜…今回初めて、おとうに上って知りました。下り竜に対して、中の地蔵で待機して大松明の御神火の迎え火を待って、そこで松明に火をもらい山頂の上り子に火を届けるために上がることを言うそうです。火の帯が上に上がる様を表現しています。

 

 

自分たち二人は、見物人の方々の間をぬけて川沿いの妙心寺に向かう途中で、本当にたくさんの上り子と、あいさつをかわします。

 

はいぃー、 たのむでぇ、 (ガン)、 たのむでぇ

、 たのむでぇ、 (ガツン) たのむでぇ

  

たのむでぇ、(ガッチーン) たのむでぇ、 たのむでぇ、 (ガツン) はいぃー、 たのむでぇ

たのむでぇ、 (ゴン) たのむでぇ、 はいぃー、 たのむでぇ、 (ゴン)、 たのむでぇ

  

たのむでぇ、(カン) たのむでぇ、  たのむでぇ、 はいぃー、 (ゴン) たのむでぇ

 

妙心寺が一番、たくさんの上り子でにっちもさっちもならない様な状態でした。また、一つお賽銭を松明から引きちぎり、お参りします。ここは、お祭りしている灯明以外ないので、月明かりだけで本当に暗いです。ここで、一番たくさん聞いたかも知れません。

 

ごめんやでぇ、 子どもおるでぇ、 たのむでぇ、

 

  すまんよぉ、 子どもやでぇ、 氣ぃつけぇたってぇよぉ

 

妙心寺の境内を出てすぐの小さな小さな橋を渡り、川沿いを太鼓橋に向かって戻ってきます。これから妙心寺にお参りになる上り子とたくさんすれ違います。

 

 

はいぃー、 たのむでぇ、 (ガチン) たのむでぇ、 たのむでぇ、 (ゴン) たのむでぇ

  

たのむでぇ、 (ガン) 、 たのむでぇ、 たのむでぇ、 はいぃー、 (ガツン) たのむでぇ

たのむでぇ、 (ゴン) 、 たのむでぇはいぃー、 たのむでぇ、 (カチン) たのむでぇ

  

たのむでぇ、 (ガチン) たのむでぇ、   たのむでぇ、(ガーン) たのむでぇ

 

そして、いよいよ神倉山に登るため太鼓橋を渡りました。境内を進み、大鳥居の手前のところで源頼朝公が御寄進の538段の鎌倉積みの石段を見上げました。このような急峻な石段を、「手首を立てたるがごとし」と表現するそうです。(実際、観光客の方で上ったはいいけど、いざ、上から降りる時にあまりの急峻な石段を見て目がくらみ、後ろ向きにゆっくり一歩一歩お尻から後ろを振り返りながら降りてくる方もいらっしゃいます。)

 

そうです。そこは、ほんとうにたくさんの上り子でうめつくされておりました。石段を白、白、白が石段に張り付いて、ゆっくり上がっていくのを見て…。

 

「うわぁ、 これは… 。」

 

としばし自分も絶句。そうしたら、村上さんが、「これじゃ、上の神社にはお参り出来ないと思うので、下のお賽銭箱に入れていきましょう。」 と

そして、いつもは、大鳥居の真下に鎮座するお賽銭箱をさがしはじめたら、

 

「な、なんじゃ、こ…これは、 」

 

「ええっ、 ほんまかぁ 、」

 

「えらいこっちゃぁ-」

 

「どんだけ、 のぼるんや、 今日は ええっ」

 

とみんなの大きな声が口々に聞こえてきました。

 

「これは下で、 参っとこうやぁ。」

 

後ろを振り返りながら 「おーい、 賽銭は下で行くでぇ !」

 

と呼びかける人などもたくさん見ました。

賽銭箱をさがすために、村上さんに続いて二人で、石段横の左手の林に入っていくと、

後から一緒について入ってきた人が、消防団の方に大声で

 

すまんよ、 そこらへんに お賽銭箱ないかぁーぇ 

 

えっ、 賽銭箱ぇ 

 

と言いながら消防団の方が強力な懐中電灯をつけて照らしてくれた先に、お賽銭箱が避難してあるのを見つけました。やっと見つけた賽銭箱に、松明から四つ目の最後のお賽銭を引きちぎりお参りしました。林の中から戻る時には、たくさんの上り子とすれ違いました。みなさん同じ考えのようです。

石段の所に戻り、上りはじめました。神倉山に過去何十回と上りましたが、幸い弘祥は、足腰が丈夫で高校の時からほとんど、一つ飛ばしの飛び石で上っていたんです。もちろん、飛び石で上れない一段と一段がかなり高いところも所々にありますが…。ただ、慣れていないとこれは、危険です。後ろにからだが傾いたりするとたいへん危険ですので…。

この日は、今まで、こんな遅く上がったことはないゆっくりした上りです。後編の動画にもありますように、蟻の熊野詣でではないですが、一段上がって、ほんの少し間があって、また、一段上がってとゆっくり上がります。たくさんの上り子の大きな声が石段に響きます。

 

わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、

  

      わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、

 

   わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、

      

  わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、

 

そんな時です。途中、左足に衝撃を受けて石段から後ろにあやうく行きかけました。本当に危なかったです。月明かりでよく見ると、上り子の一人が、足を踏み外したのか自分の足にひかかっておりました。だいぶ、おみきをいただいたみたいでふらふらしておりました。すぐ、前の上の段からその方の連れの方が下りてこられ、ひきあげてくれたので、その方の体から自分の足を抜いて、また、ゆっくり一段、一段上ります。

やっとのことで、中の地蔵に到着しました。 上り子の中には、ここでいったん一度休憩する人たちも多いそうです。 とそこへと大きな声が聞こえてきました。

 

はいー、 ここは、 もういっぱいやでぇー、

 

このまま 上まで  行ったてぇーよ、

 

村上さんと顔を見合わすと、村上さんが「このまま、上まで行きましょう。」と

それで、ゆっくりゆっくり一段一段また、上りました。

 

わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、

      

      わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、 わっしょい、

 

 中の地蔵を過ぎると石段が少し細くなりますが、傾斜が少しずつゆるやかになってきます。本当にゆっくりゆっくり上りました。時間もかなりかかったと思います。やっとのこと、上の鳥居をくぐり門の中へ入りました。

入ってびっくりです。すごいひと、ひと、ひとで、、どこの岩肌も上り子の白装束でうめつくされておりました。 岩肌の前の通路を進みながら横を見るのですが、急な斜面にも上り子がおりました。中には、「にいちゃん、ごめんやでぇ」と割って入り岩肌を登る人もおりましたが、自分らは、そのまま、横を見ながら村上さんと「ここもだめ」 と、また、横を見ながら前の道をすすみ、とうとう月明かりに浮かぶごとびき岩を見上げる神倉神社の社の下の石段の前に来ました。

 

 すみません、また、つづきます

 

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